June 23, 2018 | Author: naomi
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いろんなお茶の歴史がありますが、
再開発の進む渋谷で6年間もの間、
宮崎茶を淹れ続けてきた宮崎生まれの茶師はいないだろうなって

宇宙ができてからを比べると
なんて小さなことをつぶやいているんだろうって
思われるかもしれないけど、
僕は、そんな小さなことに情熱を捧げてる。

東京では、きっと1000万人以上の人がまだ宮崎でお茶を作ってるって
知らないだろうな。
大きいことができないから、いつも変わらず地道に今年できた宮崎の新茶を
飲みたい方にしっかり淹れる作業を繰り返す。

今年は、オーガニックのお茶が準備できたので、
宮崎のオーガニックの話しをしながら、
まるでハイキングしているように
皆さんが足を止めて、お茶の風味に酔いしれていました。

大きな天災もなく、
大好きな生産者も元気で、
白玄堂チームもうまく機能し、
今年の新茶ができた。

そして、
d&departmentが運営するd47 travel storeさんに
今年も白玄堂を呼んでくださって、
2週間も宮崎茶を様々な方々に紹介してくださいました。
素敵なスタッフの皆さんがとっても親切で
毎年、毎日、僕に自由を与えてくれて、
細やかなサポートをしてくださり、いつも頭が下がります。
伝えるお店として運営されているので、
とってもフィットする場所だな〜って感じながら
時間が経つのをすっかり忘れてしまいます。
スタッフの皆さん、6年目もありがとうございました。

今回、とっても人気だったのが
都農町産 オーガニックやまなみ新茶
清武町産 宮崎で一番高級新茶
でした。

オーガニックやまなみ新茶は、本当に日本で僅かしか生産されていない品種で、
それをシングルオリジンで作り込みして、お茶好きな方をビックリさせた新茶でした。
深蒸し茶がみんな大好きですが、このお茶は生葉を500kg/10a摘みして、
古典的な浅蒸し製法で作られ、火香が入らないように火入れして、
丁寧に作り込みました。

そして、宮崎で一番高級な新茶は、いままで宮崎だけで完売していたのですが、
今回、渋谷にも持参しました。
毎年10kgしかない最高のお茶は、やっぱり皆さん大好きでした。
宮崎でもこうした高級茶を作っていることを皆さんにお伝えできて、
本当によかったです。

相変わらず、ミントグリーンティはとっても人気で
今年は、シトロングリーンティもそれに引っ張られて人気でした。

そうそう、
忘れてはいけないのが
白玄堂茶屋限定で発売しているあさつゆ番茶。
追加で入荷したのですがあっという間に完売となりました。
飲んだことのない風味なのに一口飲んだだけで、
みんな虜になってくれて、去年10月に販売をスタートさせて本当によかったなって
改めて実感しました。

商品全てを企画して、作っているのでどれもオススメですが、
押し付けするのが嫌いというか苦手なので、
とにかく好きなお茶を出会っていただくまで試飲を思う存分していただく、
それぞれの淹れ方があるからそれもしっかり説明して、
納得いくまでじっくり時間をかけて皆さんのお茶との出会いを大切にしています。

インターネットで何でもすぐに買える時代ですが、
白玄堂のお茶は、どのお茶とも違うからとにかく伝えることが沢山あって、
皆さんは僕の話を聞く時間がどうしても発生してしまうから、
いろんなオリジナル宮崎茶をとことん飲んでいただく時間にもなってる。

一時期、プロデューサー側になったほうがいいとか、
プレーヤーじゃダメとか言われた時もあったけど、
相変わらず、全部楽しみたいって再確認しました。

今回もいつもの皆さんにお会いできたり、
新しい出会いがあったり、同級生が来てくれたり、
お茶と皆さんの出会いを大切にしながら、
僕は、皆さんとの出会いをいつも大切にしたいなって。

また、僕の淹れるお茶を飲んでいただけるようにしっかり準備して
渋谷にお邪魔しますね!

Category: 活 動
June 14, 2018 | Author: naomi
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お茶がお酒みたい。
そんなことをたまに言われる。

お酒に酔うくらいにお茶を飲んでいると会話が弾む。
馬鹿騒ぎにはならず、とても落ち着いてじっくり話ができる。

いろんな人が一堂に行き交う新宿駅や渋谷のスクランブル交差点までは遠く及びませんが、
白玄堂茶屋も宮崎茶が繋ぐ一つひとつの出会いの中で様々な方が行き交っています。

イベントのようなある程度企画し対象者を狙った集客ではなく、
「そこに白玄堂茶屋がある」
って理由で飛行機を乗り継いだり、車ではるばる来てくださったり、
そこには、宮崎茶しかないのですが、笑顔でみんな来てくださります。

また、最近ある本を読みながら
その間にいろんなお客様と宮崎県を移動し会話を重ねて、
今の自分がどんな風に必要とされているのかとか
自分自身がもっとリノベーションすべきなのかとか
二番茶の合間にお茶と向き合いながら
お茶と皆さんの出会い方について考えています。

そういえば、
今年も学校でお茶を教えています。
直接、私の携帯へオファーがくるので、できる限り予定を合わせて学校様には協力しています。
教育は、教える人で生徒のモチベーションが変わってくるので、
私にオファーをいただけるということは、それ以上の期待を超えて
生徒の皆さんへお茶を伝えなければなりません。

先日お邪魔したのは高等学校。
テイスティングして、お茶の淹れ方を教える。
毎年、そのルーティーンだったものに
「火入れ」を加えてみました。
そしたら、、、大成功!!!
数年前に私の授業を中学校で受けた生徒もいて、その子が授業が終わって
私のところへやってきて、
「先生の授業を受けたことがあります!今日も楽しかった!」
涙が出そうでした。
授業の数日後は、受講した生徒さんの感想文を1日お預かりして、
テイスティングのこと
火入体験のこと
お茶の淹れ方のこと
をしっかり書いてくれていて、もう一度受けたい!とかとってもお茶が好きになったとか
また、保護者から
「子供が今日はお茶を淹れようか?」
って言って、お茶を淹れてくれたんです。いい授業をありがとうございました。
と学校へ連絡が来たそうです。

1クラスに約40名くらいの生徒がいます。
その中でお茶を伝える。
ひょっとしたら全然話を聞いてくれない生徒だっているかもしれない。
聞いてくれない時は全て僕の責任。

お茶は、歴史があって派手じゃない。重苦しいし、地味でくらい。
だからといって、オシャレな道具を用意するわけでもないし、
抹茶のお菓子で釣るようなこともしない。

ペットボトルのお茶を誰もが飲む時代に
たまにはというか、
ここぞって時に急須でお茶を淹れるスマートさというか
格好良さは男女問わず、とっても素敵に相手に受け入れられるんじゃないかと思っています。

お茶の味を覚えるとそれがまた飲みたくなる。
飲みたくなると茶殻が気にならなくなる。
お湯を沸かすのが楽しくなったり、その味を求めて
いっぱいのお茶を口に運ぶまでに妄想してしまう。

お茶は、機械のために淹れたりはしない。
人の為に淹れて、人が飲むものだから。
少しは、お茶の葉やお水にこだわるのもいいのかもしれない。

そのこだわりが当たり前になると
もっといいし、それがきっと相手の笑顔をたくさん作るんじゃないかと
思ってます。



写真は、6/12 宮崎県日南市
ジャカランタの葉ですが、花がいたるところで咲いていました。


Category: 活 動
June 09, 2018 | Author: naomi
今年も一番茶の新茶がひと段落しました。
いまもうすっかり二番茶がスタートしまいたが、産地別の新茶ももうしばらくするとリリースできます。

今年で戦後73年。
白玄堂の創業者である父は、戦中に生まれ兄弟が12人いました。
戦後の日本は誰もが大変で食べることができる。ただ、それだけで幸せだったとよく話を聞かされました。
父は、姉が嫁いだ家で育てられ、兄の勧めでお茶の研修所へ進学しました。
18歳で国の農林水産省の茶業試験場
19歳で県の農業試験場茶業過程
20歳で宮崎経済連へ入社
その頃、なかなか所得が増えない宮崎茶業に嫌気がさして、
29歳で後に結婚する母に迷惑をかけることになのるのですが、退職金を前借りして世界一周の旅へ
レート1ドル/¥360の時代
ヨーロッパを巡り、アフリカを巡り、、、
世界を見た父は自分の小ささを知り、世界の大きさを感じたって100回以上そんな話を聞かされました。

32歳で父は、お茶農家の長女であった母と結婚
前借り借金は何年払い続けたかは全く聞いてませんが、かなり大変な生活を送っていたそうです。
ただ、宮崎茶業に情熱を注いだ。

父は、まっすぐすぎて全然出世はしなかった。
真面目すぎたんでしょうね。
父からお前は真面目すぎるって言われましたが、やっぱり親子ですね笑

56歳で宮崎経済連を退社
58歳で白玄堂を創業(僕は20歳でした)
77歳で他界。ちょうど白玄堂が20周年を迎えようとしていた時。

なんで急にこんな話をするかっていうと
僕が大学4年生の時に手に職を持つってとても大切なんだ。って戦後の話をそこからよく聞かされて。
父「俺は、お茶を勉強して本当に良かったと思っている。
 どんなことでも大変で苦労するけど、その分自分のものになる。
 若い時に沢山勉強してほしいから静岡にいってもう少しだけお茶の勉強をしないか?」
って20年前に僕に話してくれたことを6月になると思い出すからです。
それは、ちょうど教育実習が終わったくらいに父と初めて膝を付け合わせて将来の話をしたあの時。

大学卒業後、静岡で生活をはじめて父がやってきた仕事を知り、仕事の深さを知りました。
夏休みに宮崎へ帰ると父と交わす会話の時間が増え、宮崎県内のお茶畑を父が大好きだったマニュアルのトラックを僕が運転し、お茶の話をひとしきりした後に横でぐっすり眠っていた。

どれくらいお茶に歴史があって。
どれくらいお茶が素晴らしくて。
尽きることのないお茶への愛情と情熱をトラックの中で聞かせてくれた。


僕は、すぐにお茶が好きになったがよくわからない部分も沢山あった。
10年が経ち、お茶が楽しくなってきた。
それは、ようやくお茶を理解できるようになってきた頃だったんでしょうね。
それから、10年が経ち、茶業会に入って20年。

父から子へと
時間を掛けて、お茶の楽しさを伝えてくれた。
その楽しさを僕は、日々伝えてる。
「お茶が楽しいよ」ってね。

その楽しさってね。
コアなことを知ったから楽しくなったんだと思う。
宮崎県内の個性。
世界ってとっても広いのにちっぽけな宮崎県内だけでも立地や作り手で味が違う。
それだけでもとっても楽しくないですか?
体調によっても感じる香りや味が変化する。
淹れ方だって味や香りが変化する。

そうなると日本国中や世界中のお茶が楽しいって決まってるじゃないですか!笑

白玄堂は、お茶を売るために伝えてるんじゃないんです。
お茶が楽しいことを伝えたいから、お茶を販売してるんです。
宮崎のお茶でも十分にお茶の楽しさが伝わるから。

宮崎県内の産地別のお茶は、まさにそれなんです。
伝えたいから単一品種で飲み比べして、お茶の楽しさを知っていただく。

今年の新茶もきっと個性を感じ地球の気候に触れていただけるんじゃないかと思います。

Category: 活 動